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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)4167号 判決

原告 株式会社梅喜

被告 フジタ工業株式会社

主文

一  被告は原告に対し、金八七万五二二一円およびこれに対する昭和四六年六月二九日から完済に至るまで、年六分の割合による金員の支払いをせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を被告、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金八二一万三〇五〇円およびこれに対する昭和四六年六月二九日から完済に至るまで、年六分の割合による金員の支払いをせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、その肩書住所地所在のガソリンスタンドを訴外共同石油株式会社から借り受け、ガソリンその他自動車用品類の供給・販売をすることを主な業務とする会社である。

2  右訴外共同石油株式会社は、原告を含む傘下各スタンドにそれぞれ他店で給油を受けられる給油依頼伝票をそれぞれの顧客に発行せしめるとともに、傘下スタンドは右給油依頼伝票を顧客より受取るのと引換えにガソリンを供給する一方、その代金を訴外共同石油株式会社から受領し、他方右給油依頼伝票を発行したスタンドは、自社発行にかかる給油依頼伝票を利用して他店でガソリン等の供給を受けた顧客からその代金を受領すべきもので、しかも顧客の支払いの有無にかかわりなく、訴外共同石油株式会社が供給スタンドに支払つた代金を弁済することを義務づけられるという販売組織形態をとつていた。

3  被告は、昭和四五年四月二一日から昭和四六年五月二〇日までの間、原告発行の右給油依頼伝票を利用することにより次のとおり、合計金八二一万三〇五〇円相当のガソリンの供給を受け、右同額の財産上の利益を得た。

(1)  昭和四五年四月二一日から同年五月二〇日までの間金八五万八七一〇円相当 (2)  昭和四五年五月二一日から同年六月二〇日までの間金八七万九九八〇円相当 (3)  昭和四五年六月二一日から同年七月二〇日までの間金一〇二万五一二〇円相当 (4)  昭和四五年七月二一日から同年八月二〇日までの間金九七万四〇九〇円相当 (5)  昭和四五年八月二一日から同年九月二〇日までの間金一〇六万九六一〇円相当 (6)  昭和四五年九月二一日から同年一〇月二〇日までの間金一〇六万〇五八〇円相当 (7)  昭和四五年一〇月二〇日から同年一一月二〇日までの間金八三万六六四〇円相当 (8)  昭和四五年一一月二〇日から同年一二月二〇日までの間金九九万八九三〇円相当 (9)  昭和四五年一二月二一日から昭和四六年五月二〇日までの間金五〇万九四九〇円相当

4  右給油依頼伝票は、原告会社の取締役である訴外高松利夫が原告会社に無断で自己の利益のために被告に交付したものを被告が利用したものであり、そのため被告によつて原告および共同石油傘下の他のガソリンスタンドから前記の合計金八二一万三〇五〇円相当のガソリンの供給を受けられてしまつた原告は、前記の訴外共同石油株式会社を含む傘下各スタンド間の契約に基づき、被告が受給したガソリンの代金額を各給付スタンドに支払つた訴外共同石油株式会社に対し同額の債務を弁済すべき責任を負担することとなり、原告が直接被告に給油したガソリン代金相当額と加え、被告は原告の右合計の損失の下に法律上の原因なくして右ガソリン代金相当額全額の財産上の利益を得ている。

5  被告が右の通りガソリンの供給を受けたにもかかわらず、その代金相当額の支払を為さないので、原告は内容証明郵便で被告に対し右支払方を催告し、右郵便は昭和四六年六月二八日に被告に到達した。

よつて原告は被告に対し、右ガソリン代金相当額合計金八二一万三〇五〇円と、これに対する催告書到達の翌日である昭和四六年六月二九日から完済に至るまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実のうち、共同石油傘下のスタンドで給油依頼伝票を発行していたことおよびその伝票により発行スタンド以外のスタンドでも給油が受けられたことは認めるが、その余の事実は不知。

3  請求原因3の事実のうち、被告が原告発行の給油依頼伝票によつてガソリンの供給を受けたことは認めるが、その期間および金額については否認する。

4  請求原因4の事実は否認する。

5  請求原因5の事実は認める。

三  抗弁

1  貸金債権への弁済充当による利得の消滅・相殺

(一) 被告は訴外渋谷オート株式会社に対し、次の通り合計金三一〇〇万円を貸付けた。

(1)  貸付日 昭和四四年七月三日

貸付金額 金一五〇〇万円

弁済期 昭和四五年六月三〇日

(2)  貸付日 昭和四五年三月一七日

貸付金額 金一〇〇万円

弁済期 昭和四五年九月三〇日

(3)  貸付日 昭和四五年六月三〇日

貸付金額 金一五〇〇万円

弁済期 昭和四五年九月三〇日

(二) 右各貸付期日に、原告会社の取締役である訴外高松利夫が原告会社を代表し被告との間で、右貸金債務につき原告が連帯保証することおよび被告が全国の共同石油株式会社の特約店で購入するガソリン代金を原告が負担する方法で右債務を返済する旨合意し、その約定に従つて、同人は被告に対し給油依頼伝票五〇〇冊を交付した。

(三) 訴外高松利夫の権限について

(1)  訴外高松利夫は原告会社の元代表取締役であり、右各貸付期日には原告会社の全株式を所有する株主である上、原告会社のガソリンスタンド業務のすべてを統括していたのであるから、原告を代表して被告に対する訴外渋谷オート株式会社の債務を連帯保証する権限があつた。

(2)  表見代表取締役

かりに(1) の主張が認められないとしても

(イ) 訴外高松利夫は、常時「梅喜石油株式会社代表取締役」なる肩書の名刺を使用し、原告会社のスタンドに常駐してその業務のすべてを統括して原告会社の印鑑を自由に使用していた上、スタンドの従業員が同人を「社長」と呼称していたため、被告には高松利夫が原告会社代表取締役であると信じるにつき正当の理由があつた。

(ロ) 被告は、訴外高松利夫が原告会社の代表取締役でなかつた事実を全く知らなかつた善意の第三者である。

(3)  かりに(1) (2) の主張が認められないとしても、訴外高松利夫は原告会社の取締役としてスタンド経営全般について広汎な権限を与えられており、訴外渋谷オート株式会社の債務につき原告を代理して原告の給油伝票により被告に対し弁済しうる営業上の権限を有していた。

(四) 原告の主張するガソリン代金相当額の利得は、ガソリン代金相当額が被告の右貸金債権への弁済として充当されたためすべて消滅し、被告には何ら利得が現存していない。

(五) かりに(四)の主張が認められないとしても、被告は、昭和四八年三月一六日の本件口頭弁論期日に、順次右(一)(1) (2) (3) の各債権をもつて、原告の本訴債権と対当額につき相殺する旨の意思表示をした。

2  使用者責任に基づく損害賠償債権による相殺

かりに1の主張が認められないとしても、

(一) 訴外高松利夫は原告会社の従業員であり、同人による被告への給油依頼伝票の交付は外形的には原告会社の事業の執行につきなされている。

(二) 被告は、右訴外高松利夫がその発行権限内にあると称する給油依頼伝票の発行交付により被告にその伝票でガソリンの供給を受けさせ、その代金相当額で訴外渋谷オート株式会社の債務を弁済する旨約束したので、抗弁1(一)の金額合計金三一〇〇万円を右訴外渋谷オート株式会社に貸し付けた。

(三) 被告は、右貸付を為したため右貸金合計額相当の損害を被つた。

(四) 被告は、昭和四八年三月一六日の本件口頭弁論期日に右損害賠償債権をもつて、原告の本訴債権と対当額につき相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の(一)は不知。

1の(二)の事実のうち、訴外高松利夫が原告発行の給油依頼伝票を被告に交付した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

1の(三)の事実のうち、(1) 、(2) の(ロ)および(3) の事実は否認する。(2) の(イ)の事実のうち、訴外高松利夫が原告会社のスタンドに常駐してその営業に従事していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

1の(四)の事実は否認する。

2  抗弁2の(一)の事実のうち、訴外高松利夫が原告会社の従業員であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2の(二)の事実は不知、(三)の事実は否認する。

五  再抗弁

1  抗弁1(三)(2) (表見代表取締役との主張)に対して

商法二六二条の適用には第三者が表見代表取締役と信じるにつき、会社がその外観の存在に何らかの責任あることが必要であるところ、訴外高松利夫は原告会社の代表取締役なる名称を原告が知らない間に僣称していたものであつて、原告がその名称使用を黙認した事実もなく、また会社代表者印の使用を自由に許した事実もない。

2  抗弁1(三)(訴外高松利夫の権限)に対する取締役会の承認欠缺の主張

(一) 訴外高松利夫の被告との連帯保証契約および被告への給油依頼伝票の交付行為は、同人が代表取締役である訴外渋谷オート株式会社の債務の弁済のために、自分が取締役である原告会社を代表して為したものであるから、商法二六五条の取引に該当し、原告会社の取締役会の承認を得ることが必要であるところ、右取引については原告会社の取締役会の承認がないので、右取引は無効ないし無権代理行為である。

(二) 被告は、右取締役会の承認がないことを知りつつ、訴外高松利夫と右取引を為した悪意者である。

3  抗弁2(使用者責任の主張)に対し

(一) 訴外高松利夫の被告との連帯保証契約の締結および被告への給油依頼伝票の交付行為は、同人が原告会社の代表権を僣称したものであつて、原告会社の被用者としての職務権限内において適法に行なわれたものではない。

(二) 被告は右(一)の事情を知つていた。

(三) かりに(二)の主張が認められないとしても、

(1)  本件貸金額は決して僅少とはいえない上、原告の連帯保証は原告に何ら利益のない一方的債務負担行為であつて一般通常の業務行為ではない。

(2)  訴外高松利夫が真実代表取締役であるか否かは商業登記簿によつて、同人が使用した印鑑が原告会社の真正な印鑑であるか否かは印鑑証明書との照合によつて、また同人の給油依頼伝票を交付する権限の有無あるいは当該取引に関する取締役会の承認の存否は原告会社に問い合わせることによつて、それぞれ容易に判明したはずである。

(3)  被告は大手建設会社として屈指の大企業なのであるから、右程度の調査義務がないとはいえない。

よつて被告は、右再抗弁3(一)の事実を知らなかつたことにつき、少なくとも重大な過失がある。

4  予備的過失相殺

かりに3の主張が認められないとしても、

被告が訴外渋谷オート株式会社に金銭を貸し付けるに際して、被告には再抗弁3(三)記載の過失があつた。

5  抗弁1・2(相殺の主張)に対して

(一) 被告は、昭和四四年七月二一日から昭和四五年四月二〇日の間に、次のとおり請求原因3と同様の方法で、合計金六七〇万二一七一円相当のガソリンの供給を受け、原告の損失のもとに同額の財産上の利益を得た。

(1)  昭和四四年七月二一日から同年八月二〇日までの間金二七万四二五九円相当 (2)  昭和四四年八月二一日から同年九月二〇日までの間金四三万四一八五円相当 (3)  昭和四四年九月二一日から同年一〇月二〇日までの間金六四万九四六六円相当 (4)  昭和四四年一〇月二一日から同年一一月二〇日までの間金七四万四三二三円相当 (5)  昭和四四年一一月二一日から同年一二月二〇日までの間金八四万一二三九円相当 (6)  昭和四四年一二月二一日から昭和四五年一月二〇日までの間金三九万〇九六二円相当 (7)  昭和四五年一月二一日から同年二月二〇日までの間金一五一万〇五八一円相当 (8)  昭和四五年二月二一日から同年三月二〇日までの間金一〇一万八八九六円相当 (9)  昭和四五年三月二一日から同年四月二〇日までの間金八三万八二六〇円相当

(二) 訴外高松利夫は、「被告によるガソリン代金の入金(弁済)」名下に原告会社に金六七〇万二一七一円を入金したので、被告の貸金債権は金二四二九万七八二九円に減少した。

六  再抗弁に対する認否

すべて否認する。再抗弁2(一)の事実のうち、訴外渋谷オート株式会社の代表取締役は訴外高松純一であるから、本件取引に商法二六五条の適用はない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  不当利得について

1  請求原因1、5の事実は当事者間に争いがない。

2  共同石油傘下のスタンドで給油依頼伝票を発行していたこと、その伝票により発行スタンド以外のスタンドでも給油が受けられたことは当事者間に争いがなく、これと証人高松純一、同五十嵐八郎の各証言とを総合すれば請求原因2の事実が認められる。

3  証人五十嵐八郎の証言およびこれによつて成立を認めうる甲第二号証、同第三号証の一・二ならびに証人高松純一、同三好知三(第一回)、同野崎明の各証言を総合すると、訴外高松利夫が原告に無断で訴外渋谷オート株式会社の被告に対する貸金債務弁済のため給油依頼伝票五〇〇冊を被告に交付したこと、被告が右給油依頼伝票を利用して昭和四五年四月二一日から昭和四六年五月二〇日までの間に請求原因3記載のとおり、原告から合計金八二一万三〇五〇円相当のガソリンの供給を受けたこと、原告は訴外共同石油株式会社への債務と原告が直接被告に供給したガソリン代相当額とを合わせ、右合計金八二一万三〇五〇円の損失を被り、被告は何ら法律上の原因なくして右同額の利益を得ながらその代金相当額の支払を為していない事実が認められる。

二  被告の貸金債権について

1  証人三好知三(第一回、第二回)、同野崎明の各証言およびこれらによつて成立を認めうる乙第一号証、同第五号証、同第六号証によれば、抗弁1(一)(二)の事実が認められる。

2  商法二六二条の適用

(一)  証人三好知三(第一回)、同野崎明の各証言およびこれらによつて成立を認めうる乙第一号証、同第二号証ならびに証人高松純一、同五十嵐八郎の各証言および原告会社代表者の供述、成立に争いのない甲第四号証を総合すれば、訴外高松利夫は原告会社の単なる取締役であり原告会社の代表権を有していないこと、にもかかわらず同人は「梅喜石油株式会社代表取締役」なる肩書の同人の名刺(乙第二号証)を被告会社経理部財務課長の訴外三好知三に示していること(成立に争いのない甲第四号証によれば、原告会社の商号は「株式会社梅喜」であることが認められるが、原告代表者の供述によれば、原告会社は訴外高松利夫のすすめにより、通称として、「梅喜石油株式会社」との名称も併用していた事実が認められる。)、右高松利夫は平和自動車時代から原告会社のガソリンスタンドで働いている社員から「社長」と呼ばれており、また原告会社と同一建物内に存する訴外渋谷オート株式会社の社員からも「社長」と呼称されていたこと、原告会社代表取締役の訴外梅田一吉は原告会社の社員が右高松利夫を「社長」と呼ばないように一回注意したことはあつたが、それ以上の監督は怠つていたことが認められ、このような事実関係のもとでは、被告には訴外高松利夫が原告会社の代表取締役であると信じるにつき、後に判示するとおり過失は認められるものの、なお正当な理由があるというべきである。

(二)  証人三好知三(第一回)、同野崎明の各証言によれば、抗弁1(三)(2) (ロ)の事実が認められる。

3  商法二六五条の適用

(一)  証人高松純一、同三好知三(第一回)、同野崎明の各証言ならびに成立に争いのない甲第四号証、乙第一一号証によれば、訴外渋谷オート株式会社および原告会社両社の取締役であつた訴外高松利夫が、実質的には自己が代表取締役であるといいうる訴外渋谷オート株式会社を代表し同社代表取締役高松純一名義で被告と本件消費貸借契約を結び、自ら個人として右渋谷オート株式会社の債務を連帯保証するとともに、原告会社の代表取締役と称して原告会社を表見的に代表し右債務の連帯保証契約を結んで、被告に対しその履行として本件給油依頼伝票を交付した事実が認められる。

(二)  右認定の事実からすれば、原告会社の右連帯保証契約は商法二六五条にいう取締役が第三者のためにする取引に当るものと解するのを相当する。けだし、同条のいわゆる取引には、取締役と株式会社との間に直接成立すべき利益相反の行為のみならず、甲乙両会社の代表取締役が、甲会社の債務につき、乙会社を代表して保証を為す行為も、甲会社の利益にして、乙会社に不利益を及ぼす行為であつて、同条にいう取締役が第三者のためにする取引としてこれに包含されるものであるとすることは、既に最高裁判所の判示するところであり(最高裁同四五年四月二三日第一小法廷判決、民集二四巻四号三六四頁参照)、この趣旨に鑑みれば、甲乙両会社の取締役が、実質的には自己が代表取締役であるといいうる甲会社の債務につき、自ら連帯保証するとともに、乙会社を表見代表取締役として代表し連帯保証を為した本件のような行為も、甲会社の利益にして、乙会社に不利益を及ぼす行為であつて、同条にいう取締役が第三者のためにする取引に当るものというべきだからである。

また本件消費貸借契約は訴外高松純一名義であり、同人が訴外渋谷オート株式会社を代表した形になつてはいるが、前認定によれば、現実に行為を為した当事者は訴外高松利夫であり、右高松純一は右契約に全く関与していないのであるから、右事実は商法二六五条の適用について何ら妨げとなるものではない。よつて、訴外高松利夫が訴外渋谷オート株式会社の債務につき、原告会社を表見的に代表して連帯保証した本件には、商法二六五条の類推適用があり、訴外高松利夫はこれにつき原告会社取締役会の承認を受けることを要したものである。

(三)  証人五十嵐八郎の証言によれば、原告会社の右連帯保証およびその履行としての給油依頼伝票の交付につき、原告会社取締役会の承認がなかつた事実が認められ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

(四)  被告の悪意

前認定のとおり、訴外高松利夫が一方で訴外渋谷オート株式会社を実質的に代表し一方で原告会社を表見的に代表していること、その際被告は右高松利夫が右渋谷オート株式会社の代表権を有しかつ原告会社の代表取締役であると信じていたのであるから、かかる行為が商法二六五条の自己取引に該当することは容易に認識できる状態にあつたこと、原告会社の本件連帯保証は一方的債務負担行為で訴外渋谷オート株式会社との利益相反関係が客観的に明瞭であること、証人三好知三(第一回)、同野崎明の各証言によれば、被告は本件貸金の弁済を原告会社のガソリンの供給からのみ得ようとしていたこと、被告会社の経理部長訴外野崎明も右取引に関与しているのに一度も原告会社に問い合わせていないことが認められ、以上の事実を総合して、訴外高松利夫が原告会社の連帯保証につき同社の取締役会の承認を得ていないことを被告は了知していたものと推認してよいであろう。

三  使用者責任について

1  被用者の業務執行

(一)  前認定のとおり、訴外高松利夫が原告会社を表見的に代表して被告と連帯保証契約を結び、これに基づいて給油依頼伝票を被告に交付した行為は、原告会社代表取締役としての外観によりつつ為した行為であるから、外形上原告会社の事業執行につき為されていると認められる。

(二)  問題は原告が再抗弁として主張するように、「右行為が被用者の職務権限内において適法に行なわれたものではなく、かつ被告がその事情を知り、または少なくとも重大な過失によつてこれを知らないものである。」といいうるかどうかである。

(1)  証人五十嵐八郎の証言、原告会社代表者の供述および成立に争いのない甲第四号証によれば、訴外高松利夫は原告会社の単なる取締役であり右の如き行為を為す何らの権限も有していないこと、右行為につき原告会社が全く関知していなかつたことが認められ、右高松利夫の行為は原告会社の被用者の職務権限内において適法に行なわれたものとはいえない。

(2)  被告が右事情を知つていたと認めるに足る証拠はない。

(3)  証人三好知三(第一回、第二回)、同野崎明、同五十嵐八郎の各証言および原告会社代表者の供述を総合すれば、被告会社の経理部長訴外野崎明および経理部財務課長三好知三の両名は、訴外高松利夫の提示した「梅喜石油株式会社代表取締役高松利夫」なる名刺(乙第二号証)、同人の偽造にかかる原告会社の株券(乙第四号証の一ないし一六)、株主台帳(乙第九、一〇号証)を信用し、右高松利夫が代表して為した連帯保証と給油依頼伝票の交付が原告の一方的債務負担行為で通常の業務執行行為でないのにもかかわらず、商業登記簿等を調査することなく、また右高松利夫の権限、同人の提示した右株券右株主台帳の真正を原告に問い合わせるなどして調査すべきであるのにこれをも怠り、安易に右高松利夫に権限あるものと誤信し、原告会社のガソリンで本件貸金の返済が受けられるものと軽信して、金三一〇〇万円なる多額の金員を訴外渋谷オート株式会社に貸付けた事実が認められる。

(4)  しかし、民法七一五条の適用に関しては、取引の相手方の重過失は厳格に解すべきである。すなわち、重過失とは相手方において、わずかな注意を払いさえすれば、被用者の行為がその職務権限内において適法に行なわれたものでない事情を知ることができたのに、そのことに出でず、漫然これを職務権限内の行為と信じ、もつて、一般人に要求される注意義務に著しく違反し、故意に準ずる程度の注意の欠缺があつて、公平の見地上、相手方に全く保護を与えないことが相当と認められる状態をいうものと解するのが相当である(最高裁昭和四三年(オ)一三三二号同四四年一一月二一日第二小法廷判決、民集二三巻一一号二〇九七頁参照)。これを本件についてみると、かりに被告に前記の過失が認められるとしても、訴外高松利夫は前示のように表見代表取締役と認められる被用者であり、その取引行為は商法二六二条の適用を受けるのである。このように、被用者の取引行為が原告会社の代表取締役によつてなされたと信ずべき正当な事由を有する善意の被告の立場を考えれば、右高松利夫の本件行為を外形上原告の業務執行の範囲内と信じるにつき、被告に故意に準ずる程度の注意の欠缺があつたとはいえず、被告には重大な過失はなかつたというべきである。

2  証人三好知三(第一回)、同野崎明およびこれらによつて成立を認めうる乙第一号証によれば、抗弁2(二)の事実が認められる。

3  損害

(一)  証人高松純一、同三好知三(第二回)の証言および弁論の全趣旨によれば抗弁2(三)の事実が認められる。

(二)  第三節1(二)(3) で認定した事実によれば、被告には十分の調査をつくさず安易に訴外高松利夫の権限を信じて多額の金額を訴外渋谷オート株式会社に貸付けた過失があり、また第二節3(二)で判示したように右高松利夫が原告会社を表見的に代表して連帯保証・給油依頼伝票の交付を為すことは、商法二六五条の取引にあたるところ、被告には右取引につき原告会社取締役会の承認の有無につき調査を懈怠した過失も認められ、これらは本件取引に基づく被告の損害を算定するに当り、十分に斟酌すべきものと解される。そうすると、被告にはほぼ五割五分の過失相殺を認めるのが相当であり、被告の損害額は右金三一〇〇万円から右過失相殺分金一七〇五万円を減じた金一三九五万円に止まる。

(三)  証人五十嵐八郎およびこれによつて成立を認めうる甲第六号証によれば、再抗弁5の事実が認められ、被告の右損害はさらに金六七〇万二一七一円減少して、金七二四万七八二九円となつた。

4  被告がその主張の相殺の意思表示をしたことは、記録上明らかである。

四  結論

よつて、原告の本訴請求は、右不当利得返還請求にかかる金員のうち、被告の右金七二四万七八二九円の損害賠償債権による相殺分を差引いた金八七万五二二一円と、これに対する催告書到達の翌日である昭和四六年六月二九日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金との支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次)

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